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アジアン・パラム シアター


映画好きに贈る。アジアの珠玉の作品達。アジアンパラムの映画コーナー「アジアン・パラム シアター」はシナリオライタ−と映像作家が交互に筆を取り、月2回、アジア映画をお届けします。

第30回 少年、機関車に乗る    
映画、だ〜い好き〜ぃ!

『映画、だ〜い好き〜ぃ!』  監督はじめスタッフのこんな叫び声が聞こえてきそうな作品です。ようやく本年度の東京国際映画祭で新作「スーツ」が上映されたバフティヤル・フドイナザーロフの奇蹟の処女作ですぞ。中国やアフガニスタンに隣接する中央アジアの小国タジキスタンで撮られた映画の魅力満載のこの傑作を、新作「スーツ」の正式公開を心待ちにしつつ見直してみようと思う。

「少年、機関車に乗る」というタイトル通り(なんと素敵なタイトルでしょう)ストーリーは少年(7歳と17歳の兄弟)が機関車に乗って父親に会いに行く。っていうただそれだけなんだけど、これがめちゃくちゃおもしろい。父親との確執や兄弟愛、もちろんタジキスタン特有の文化風習も描かれているが、やはり圧巻は『機関車』なのだ。

「列車が画面の奥から迫ってくると観客はパニック状態になって逃げだした」っていう逸話を聞いたことはないだろうか? オーギュストとルイのリュミエール兄弟による「列車の到着」という1分程しかない世界初の映画のうちの一本を上映した時の伝説である。1895年12月28日、パリのグランカフェの地下室で産声をあげたその時から映画は列車を描いていたのだ。逆に(極端な言い方かも知れないけど)「工場の出口」からあふれだす人々や動く列車を上映することによって映画になりえたのだ。そう映画は『画を映す』ことであり『動く写真(ムーヴィングピクチャー)』なのじゃ。

中央アジアの雄大な平原を走る機関車の力強いショットに、あるいは水たまりの中を疾走する機関車の圧倒的な映像に直面する時、私達は言葉もなく只久興奮するしかないのだ。なぜならそれは到底言語化など出来ぬ映画だけが持つ至福の瞬間だからだ。

な〜んて言語化出来ぬ、などとこましゃくれたこと言った日にゃあもうな〜んにも書くことが出来なくなるんだけども、でも〜、だけどね〜、「あれ追い抜ける?」と機関車に近付き伴走するトラクターを指差す少年に運転士が「チョロいもんよ」と機関車を加速させてからの地鳴りするような躍動感を感じたならば、何も恐竜を現代に蘇らせて街中走り回らせたり、高層ビルを闇雲に爆破してみたり、阪神タイガース優勝のビールかけ並みの大量の血をまき散らしてバッタバタと人を切り殺したりしなくても、ただ列車と1台の車が疾走するだけでめちゃくちゃスペクタクルになり映画が成立するんだと納得してしまうでしょう。「ごちゃごちゃ言うな!列車が走ったらそれでもう映画だ!」といわんばかりに理屈抜きに突っ走るこの作品にはまさに理屈というか、説明がほとんどないのだ。例えば道中機関車に乗り込んでくる変なポットおじさんに少年は「どうしてたくさんポットを持ってるの?」と聞くのだがポットおじさんは「そんなこと聞くな!」と一喝するだけなのだ。このシーンなどを観ていると、意味や理屈で映画を観るな!映画を感じろ!っていう監督のメッセージにも思える。いやひょっとすると機関車に姿を変えた映画の神様がそう語りかけているんだよ。 そういや淀川長治さんが「全身で映画を観ろ」っておっしゃっていたのはこういうことなんじゃないのかな〜 

アジア映画とはなんなんだろう?と、様々な作品を再考したり新作に共鳴したりしながら探ってきて一旦ここで筆を置くんだけど、この1年間に韓国はじめ香港、台湾、中国、とアジアの中心的な国の映画をとりあげてきて、今回中国のお隣さんで中央アジアとか中東諸国とか、外務省のホームページではなんと欧州に分類されてしまっている(誰が決めたんじゃ?)なんとも微妙な国の映画を取り上げたのは、もちろん極東の島国ではほとんど接することのないタジキスタンの文化に衝撃を受けたことも一因だが、なによりもこの作品には映画を撮る喜びや観る楽しみがスクリーンからほとばしっていたからにほかならない。そうこの作品は○○映画だとかいうカテゴリーなど苦もなく飛び越えて、純粋に、ただひたすら『映画』なのだ。

「われわれの前に存在しているのはアジア映画である。この存在は圧倒的なものだ。だが、それはアジア映画である前に、まず映画なのである」 これは四方田犬彦氏の論文『「アジア映画」とは何か』からの抜粋なんだけど、たしかにアジアの一員である私達にとって「アジア的なもの」は圧倒的な存在としてあるように思う。だけどまぁ〜はやい話がアジア映画だろうがヨーロッパ映画だろうが映画は映画なのじゃ。更に同氏は「(アジア映画という名称は)便宜的なものにすぎない」(同)なんて言ってる!研究者ですらこんな調子なんだから私が少々考えたって頭から煙りがぷすぷす吹き出すだけだ。こりゃいかんと消火するために浴びるほど酒を飲めば酔っぱらうばかりだ。しかし、頭がショートしようともフラフラに酔っぱらおうともひとつだけ確かなことがある。それは「良い映画は良い!」ってことだ。

良い映画に出会った時、私は映画の神様が微笑んでいるように思うんだよね〜 映画の神様は決して制作者や観客を裏切ったりはしない。ガラスや壁や自転車や厄介なポストちゃんや機関車に姿を変えながら私達と接していて、いつもこう呟いている。

「もっと映画を観ろ!そして映画を感じろ!」




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コラムニスト 佐々木龍彦

映像作家。1967年兵庫県尼崎市生まれ。
高校在学中より8ミリの製作を始める。88年東京映像芸術学院在学中「七転八倒」(16ミリ短編)製作、ゲリラ的上映活動。新潟映画塾講師も務める。主な作品は「雲ゆきバス」「空から見えた月」(共に16ミリ短編)など。


連絡先:sasaki@asianpalam.com

少年、機関車に乗るデータ 1991 タジキスタン・ロシア/原題:BRATAN
---- CAST
チムール・トゥルスーノフ
フィルズ・ザブザリエフ
N・タバロワ
R・クルバノフ
N・ベグムロドフ
---- STAFF
監督 バフティヤル・フォドイナザーロフ
脚本 バフティヤル・フォドイナザーロフ
レオニード・マフカーモフ
撮影 ゲオルギー・ザラーエフ
音楽 アフマド・バカエフ
----
ビデオ ユーロ・スペース
ラインナップ
第30回 少年、機関車に乗る
第29回 風の丘を越えて〜西便制〜
第28回 インファナルアフェア
第27回 ボイス
第26回 HERO
第25回 ほえる犬は噛まない
第24回 欲望の翼」つづき
第23回 猟奇的な彼女
第22回 欲望の翼
第21回 ディープ・ブルー・ナイト
第20回 藍色夏恋
第19回 われらの歪んだ英雄
第18回 夏至
第17回 接続 - ザ・コンタクト -
第16回 カップルズ
第15回 ディナーの後に
第14回 祝祭
第13回 豚が井戸に落ちた日
特別編 コラムニスト対談(韓国映画編)
第12回 魚と寝る女
第11回 ペパーミント・キャンディー
第10回 ラスト・プレゼント
第9回 グリーンフィッシュ
第8回 友へ チング
第7回 カル
第6回 反則王
第5回 美術館の隣の動物園
第4回 イル・マーレ
第3回 アタック・ザ・ガスステーション
第2回 八月のクリスマス
第1回 春の日は過ぎゆく

バフティヤル・フドイナザーロフ
1965年にタジキスタン共和国の首都ドゥシャンベに生まれる。テレヴィの脚本や助監督をした後モスクワに移り国立映画学校に入学。卒業後、弱冠26才で本作を監督。トリノ国際映画祭、マンハイム国際映画祭でグランプリ、ナント映画祭ではグランプリと国際批評家賞受賞。続く第2作「コシュ・バ・コシュ〜恋はロープウェイに乗って」(1993)は内戦下の銃撃のなかで撮影された(戦争の臭いなど微塵も感じない瑞々しい傑作!)この作品で1993年度ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞。

1895年12月28日
リュミエール兄弟が有料で映画を上映した日。シネマトグラフという自ら発明(考案?)した映写機によって映像を投影(上映)するという映画の形式がこの日初めて世に出た。エジソンが撮影機を発明したのはもっと以前でどちらが映画の父かよく議論があるが映画生誕100年なんてのはこの日を基準にしている。ちなみにこの日の上映プログラムには「列車の到着」(正式には「ラ・シオタ駅への列車の到着」)は入っていなかったらしいんだが、ではいつか、というのも定かではない。ただ翌日とか翌々日とかに上映されたのは間違い無さそうでリュミエールが最初に(一番最初ってのも実はわからないんだが)撮った作品のうちの一本であることは間違いないので本文は映画誕生の最初の一本とした。

工場の出口(1985)
これもリュミエールの最初の映画の一本。勤務時間が終わり工場から人や馬車が溢れ出してくるだけの映画なのだが驚く程躍動感に満ちている。

阪神タイガース優勝
ダイエーホークスファンの方々すいません。

列車が走ったらそれで映画だ
って映画はたくさんあるし、また作品の要所要所で列車を登場させてもいる。例えば「大列車強盗」(1903)なんてのが作られなかったら後に続く西部劇がどうなっていたことやら...で私はもう一本「キートンの大列車追跡」(1926 バスター・キートン)をお勧めしたい。もし「少年、機関車に乗る」が受けつけなかった人はこちらの方が受けるかも? また列車を要所要所に登場させる映画なんてそれこそ星の数ほどあるのできりがないが、例えば小津安二郎の作品で一体何回列車が登場したことでしょう。あの「東京物語」(1953)での尾道を走る機関車、車輪のアップには只ただ驚愕するばかりである。

ポットおじさん
抱えきれない程のアルマイト製ポット(急須?)を持ち運ぶ変なおじさん。タジク人はかなりのお茶好きでポットが高値なんだとか。この作品でもポットを絨毯などと物々交換している。(ちなみにポット20個を要求されたが値切ってポット10個で絨毯と交換している)

四方田犬彦
明治学院大学文学部教授。映画関係の著書に「アジアの中の日本映画」「電影風雲」「映画監督 溝口健二」など。

自転車
ここに記したのは今までに書いたコラムから「それ」と思われるものをチョイスしており、例えばこの自転車は「藍色夏恋」の自転車を指しているんだが、もう一つ自転車ってことで今月東京のポレポレ東中野と大阪の第七芸術劇場で公開される「自転車で行こう」(杉本信昭)ってドキュメンタリー映画を紹介したい。自転車に乗って大阪の生野区を走り回るプーミョンなる人物がとにかく強烈なのだ。知的障害者を扱った作品なのだが、明るく、生きる力に溢れ、爆笑までさせられてしまう。こんなドキュメンタリーにはなかなか出会えないんじゃないかな〜 街に住む人々の体温、言葉の温度、といったことが伝わってくる良い映画です。知的障害者が題材だし、プーミョンは在日2世の韓国人、と深刻になりそうなのに明るいのだ。観終わるとプーミョンに感化されていることに気付くことでしょう。 プーミョンが捜し求めるホワイトボードから目を反らしてはなりませぬぞ。そこには言葉の意味でも理屈でもなく、「生きる力」がほとばしるのだ。受け止めようではないか。


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