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アジアン・パラム シアター


第29回 風の丘を越えて〜西便制〜    
これぞ、ザ・韓国映画!

アジアン・パラムの映画欄、丸山担当のコラムは、今回で最後ということになりました。またイレギュラーではお目にかかる機会があるやもしれませんが、毎月韓国映画を紹介する、という形はとりあえず今回でおしまいです。
というわけで、最終回は、私が10年前に初めて観た韓国映画を紹介するとともに、今まで取り上げてきた映画も振り返りながら、韓国映画について今思うことを語っていきたいと思います。

さて、私が今回10年振りに再見したその映画とは、名実ともに韓国映画界ナンバー1の巨匠、イム・グォンテク監督の「風の丘を越えて〜西便制〜」。

舞台は、1960年代初頭の全羅道。旅暮らしのパンソリ芸人・ユボン(キム・ミョンゴン)は、養女のソンファ(オ・ジョンヘ)と息子のドンホに芸を仕込みながら、村から村へと渡り歩く生活を送っていた。だがやがて、厳しい修行と貧しい暮らしに嫌気がさしたドンホは、二人の元を去っていく。それにショックを受けたソンファは唄うのをやめてしまう。困ったユボンはあることを思いついて・・・

たぶん誰もが、見始めた当初は、「暗い、重い、貧しい」三拍子揃った世界に、「しんど〜」と思うだろう。韓国の文化やパンソリに興味がなければなおさら。「退屈」「つまらん」。そう思ってしまうのも無理ないことではありますが、しばらく我慢して見てほしい。次第にこの映画の持つ力に圧倒されてくること請け合いだから。

10年前に観た時もいたく感動した覚えがあるのだが、感動の深さは今回の方が上だった。この10年の間に私も多少の苦労を経験し、「恨(ハン)」の染みこんだパンソリの唄声が身に沁みるようになったのか。

そう、この映画のテーマは、ずばり「恨(ハン)」である。この韓国独特の考え方を、さらにまた韓国独特の芸能である「パンソリ」をもって、これでもかこれでもかと描いていく。だがその描写は、ただ重いだけではない。ふいうちのように、類を見ない美しさを表出させてくれるのだ。

まず中盤に、すばらしいシーンがある。親子三人が田舎の美しい風景をバックに、「珍道アリラン」を唄い歩く場面。イム監督と撮影のチョン・イルソンは、実に5分40秒もの長回しでこの美しい光景をとらえ続ける。貧しく苦しい生活の中で、奇跡的に描かれる幸福な光景。恐らくこの後に悲劇が待っているのだろうことが予想できてしまうから、この幸福が永遠に続けばいい、と願わずにはいられない。

この後、ドンホは去っていき、貧しいが楽しかった三人の生活は終わりを告げる。ショックで唄うのをやめてしまったソンファにユボンはある恐ろしい策略を思いつき、そして再び唄わせることに成功するのだが、それでも満足しないユボンは、ソンファをさらに追い込んでいく。
「西便制の声は、人の心を刃物で削ぐように恨(ハン)が染みこむものだ。お前の声は、美しいが恨(ハン)がない」。さらにこう言う。「人の恨(ハン)とは、生きることだ。心に欝積する感情のしこりだ。生きることは恨(ハン)を積むことだ。恨(ハン)を積むことが生きることなのだ」
しかし、美しい心根ゆえに、ついに「憎しみ」の心を持てなかったソンファに、ユボンはやがて負けを認めてこう言う。「これからは、恨(ハン)に埋もれずに、恨(ハン)を越える声を出してみろ。西便制は悲哀と愛憎に満ちている。しかし恨(ハン)を越えれば、西便制も東便制もなく、ただ唄の境地があるのみだ」

こうなれば、私たちの興味は、いつどうやってソンファが「唄の境地」に達するのか、というところに行き着く。
そして最大の圧巻が、最後にやってくるのだ。

別れてから十数年。姉をようやく探し当てたドンホが、しかし弟とは名乗らずに「唄を聞かせてほしい」と一度は捨てた太鼓を持つ。弟とは分からない(なぜ分からないかは映画を観てください。なんとまあ悲惨なこと!)ソンファは歌いだす。もちろん唄うのは、父への愛と憎しみの間で完成したあの唄、「沈清歌」だ。弟の太鼓が姉の唄を励まし、揺する。姉の澄み切った唄声はますます哀しみを響かせていく。やがて両者は一体となり、唄は一つの境地へと向かっていく。

ラスト、姉と弟は、互いに名乗らないまま、別れる。「なぜあれほどまでに待っていた弟を黙って行かせてしまうのだ」と問われたソンファは答える。「過去(ハン)に触れたくないからです。過去(ハン)があまりに重すぎて」。そして、最後にこう言う。
「私たちは、もう恨(ハン)を越えました。私の唄と弟の太鼓で」
ここで、あなたは滂沱の涙を流すことだろう。ハイ、私も泣きました。

これぞ「ザ・韓国映画」。最後に紹介するのにふさわしい映画でありました。

それではここで、私が今まで紹介した映画を振り返ってみましょう。
「春の日は過ぎゆく」(2001)「アタック・ザ・ガスステーション!」(1999)「美術館の隣の動物園」(1998)「カル」(1999)「グリーンフィッシュ」(1997)「ペパーミント・キャンディー」(1999)「豚が井戸に落ちた日」(1996)「ディナーの後に」(1998)「接続〜ザ・コンタクト〜」(1997)「我らの歪んだ英雄」(1992)「ディープ・ザ・ブルー・ナイト」(1984)「猟奇的な彼女」(2001)「ほえる犬は噛まない」(2000)「ボイス」(2002)
そして「風の丘を越えて〜西便制〜」(1993)

こうして見ると、選んだ映画が1997年〜1999年に偏っていることがすぐ分かる。私の一番好きな韓国映画である「八月のクリスマス」(1998)も、その中に属する。行き当たりばったり選んだ結果ではあるが、やはりこの時期から韓国映画の黄金時代が始まった、ということなのだろう。以前も触れたが、この3年の間に現在の韓国映画を代表する監督たち──ホン・サンス、ホ・ジノ、イ・チャンドンの3人に代表される韓国新世代の監督たち──が登場したのである。コラムでは結構ほめた「猟奇的な彼女」のクァク・チェヨンや「ほえる犬は噛まない」のポン・ジュノも、この3人に比べると、小粒な感は否めない(ポン・ジュノは「殺人の追憶」でこの3人を越えているのかもしれないが、未見)。そしてその3人の作品も、「風の丘を越えて」の前に出ると、うーん、やっぱり迫力負けしてしまいますねえ。イム・グォンテクの力業の勝利。
それにしても、バラエティに富んだ作品群だ。なんだか日本映画の黄金時代を見ているみたい。
韓国映画の黄金時代がまだまだ続くことを祈って、ご挨拶にかえさせていただきたいと思います。じゃ、まったね〜。




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コラムニスト 丸山 正樹

1961年東京生まれ。早稲田大学演劇科在学中に、シナリオ講座にてシナリオを学ぶ。 1996年、Vシネマ「湘南爆走族/帰ってきた伝説の5人」でシナリオライターデビュー。Vシネマ「痴漢白書9」ほか、テレビシナリオに「恋、した。」、舞台脚本として「アナザールーム」(椿組)など。企業・官庁の広報ビデオのシナリオも多数てがける。

連絡先:maruyama@asianpalam.com

風の丘を越えて〜西便制データ 1993 韓国/原題:西便制
---- CAST
ユボン キム・ミョンゴン
ソンファ オ・ジョンヘ
ドンホ キム・ギュチョル
---- STAFF
監督 イム・グォンテク
脚本 キム・ミョンゴン
撮影 チョン・イルソン
原作 イ・チョンジュン『南道の人』(『風の丘を越えて 西便制』李清俊著 ハヤカワ文庫より)
----
製作 泰興映画
ビデオ にっかつビデオ
DVD シネカノン/アップルリンク
ラインナップ
第30回 少年、機関車に乗る
第29回 風の丘を越えて〜西便制〜
第28回 インファナルアフェア
第27回 ボイス
第26回 HERO
第25回 ほえる犬は噛まない
第24回 欲望の翼」つづき
第23回 猟奇的な彼女
第22回 欲望の翼
第21回 ディープ・ブルー・ナイト
第20回 藍色夏恋
第19回 われらの歪んだ英雄
第18回 夏至
第17回 接続 - ザ・コンタクト -
第16回 カップルズ
第15回 ディナーの後に
第14回 祝祭
第13回 豚が井戸に落ちた日
特別編 コラムニスト対談(韓国映画編)
第12回 魚と寝る女
第11回 ペパーミント・キャンディー
第10回 ラスト・プレゼント
第9回 グリーンフィッシュ
第8回 友へ チング
第7回 カル
第6回 反則王
第5回 美術館の隣の動物園
第4回 イル・マーレ
第3回 アタック・ザ・ガスステーション
第2回 八月のクリスマス
第1回 春の日は過ぎゆく

イム・グォンテク
第14回「祝祭」参照

パンソリ
18世紀初頭に全羅道を中心に発達した、韓国の伝統芸能。唱者ひとりと鼓手ひとりが織り成す劇的な音楽。いわば一人オペラ。元々正確な台本はなく、唱者たちは、師に学んだサソル(語り)に口伝歌謡や才談などを即興で挿入、口演していったらしい。

キム・ミョンゴン
1952年全羅道生まれ。ソウル大学在学中に演劇活動を始めるが、西洋演劇に飽きたらずにパンソリの人間国宝に弟子入り。卒業、様々な仕事をしながら演劇活動を続け、1983年「一松亭の青松は」で映画デビュー。1986年劇団「アリラン」を創設。伝統芸能を現代劇にも生かす活動を始める。イム監督の作品には多数出演、本作では脚色も担当しているという。パンソリの正当な継承者としても知られており、本作での歌唱はもちろん吹き替えなし。

オ・ジョンヘ
第14回「祝祭」参照


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