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| 猟奇的な彼女 |
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やっぱり映画は同時代性が大事なのですねぇ。いえね、前回紹介した『ディープ・ブルー・ナイト』と、今回紹介する映画とをつい比べてしまったのですよ。どちらも良質なウェルメイド(よくできた)映画という点では同じ。エンターテインメント性だけでなく、随所にさり気なく社会的な要素が散りばめられている点でも共通する。それなのに、観終わった時の印象は全く違う。きっと『ディープ・ブルー・ナイト』だって、リアルタイムで観たら「新しい!」と思ったんだろうなぁ。ペ監督、先月は悪く言ってすみません。
さて、この映画、今挙げた『ディープ・ブルー・ナイト』だけでなく、過去に観た様々な韓国映画のことを思い起こさせてくれる。女の子受けするであろうラブ・ストーリー、という点では、『接続―ザ・コンタクト―』もそうだったなあ、とか、今までの韓国映画のヒロイン像を覆した、っていうことじゃ、『美術館の隣の動物園』のシム・ウナもそうだったよなあ、とか・・・。だが、今挙げた映画のどれよりも新しい。それが、今回紹介する『猟奇的な彼女』だ。
大学生のキョヌ(チャ・テヒョン)は、ある日、地下鉄の車内で、泥酔して倒れた女の子(チョン・ジヒョン)の介抱をする羽目になる。それがキッカケで付き合い始めた二人だったが、外見は理想的な可愛いさなのに、口を開けば「殺されたい?」、口ごたえすれば鉄拳が飛んでくる、「過激な」彼女に翻弄されるばかりのキョヌ。だが、そんな彼女の心の奥にある「悲しみ」を感じたキョヌは、彼女を「癒してあげたい」と思うのだったが・・・。
とストーリーを紹介してみれば、特になんてことはない。タイトルにもなっている「猟奇的な彼女」=「可愛いけど凶暴な彼女」というキャラクターをとっぱらってしまえば、いたってオーソドックスなロマンチックコメディだ。ホン・サンスやイ・チャンドンを初めて観た時に感じたような、映画的な新しさも全くない。
では、この映画の<新しさ>とは一体なんだろう。
巷間もっぱら言われているのは、この映画の新しさとは「可愛いけど凶暴な彼女」と、その彼女に翻弄される「気弱で優しい彼氏」という関係を描いたこと。つまり、それまでの韓国(映画)の男女関係を180度転換してみせたこと、そして、この映画が韓国で大ヒットしたのも、その現実と違う男女関係に観客がカタルシスを感じた(分かりやすく言えば「うっぷんをはらした」)から、ということである。
だが、はたして本当にそうなのだろうか?
もし本当にそれだけがこの映画の魅力なのだとしたら、この映画が韓国以外の国でもヒット(香港では二週連続一位。日本でもスマッシュヒットを記録した)し、かのスピルバーグ率いるドリームワークスが75万ドルでリメイク権を買った、という理由が頷けない。
また、ここで描かれた男女の関係が本当に「新しい」か、という点もいささか疑問だ。一見男尊女卑的に見える韓国の男女関係においても、実は女性の方が強く、男を立てる振りをしていながら実権は女性が握っているのは、オモニやアジュンマたちを見ればすぐに分かる。この構図は、韓国に限ったことではなく、世界中どこに行っても共通することなのではないか?
さらに、一番特徴的なヒロインのキャラクターにしても、「殺されたい?」「ぶっ殺すよ」といった口癖と実際に彼氏をガンガン殴るその暴力性はともかく、彼女が怒りを見せる対象自体は、お年寄りに席を譲らない若者だったり、援助交際をする女子学生だったり、煙草のポイ捨てをする男だったり、と、その怒りの方向性は実にまっとうで、とても「儒教的」なものだ。
つまり、一見新しく見えるヒロインだが、その新しさは我々の常識を越えるものではなく、それどころか、実は韓国の儒教的な精神に十分許容される範囲のものであり、それは決定的な新しさにはなりえない。
それでは、この映画の<新しさ>とは何だろう。
それを探るために、この映画の構造をもう一度考えてみよう。とあらためて分析するまでもなく、この映画は、字幕ではっきり「前半戦」「後半戦」そして「延長戦」の3つのブロックに区切られており、誰でも、この3つのブロックが全くといっていいほど違うテイストで色分けされていることに気づくだろう。
まず「前半戦」は、前述した「可愛いけど凶暴な彼女」と「気弱で優しい彼氏」の関係から起こる、ほとんどスラプスティックといっていい程ドタバタしたコメディだ。描かれるエピソードも、夜の遊園地で脱走兵と遭遇したり、既製の映画のパロディがあったり、という漫画チックなノリ。次の「後半戦」では、親の反対やお見合いといった小さな障害を乗り越えて二人が親密さを増していく過程が描かれた後、彼女の意外な過去が明らかになると同時に唐突な別れが待っていて・・・という、いかにもなラブ・ストーリーが展開される。
実は私は、ここまで観てきた時、「ディティールは面白いけど、なんか話に一本通ってないよなぁ」と感じていた。「猟奇的な彼女」のキャラクターの面白さに慣れてしまえば、映画自体は、「よくある」いや、どちらかといえば「あまりできのよくない」ラブコメディにすぎないのだ。だが、その感想はここまでの話。実はこの映画の真骨頂は、最後にとってつけたように描かれる、「延長戦」にこそある。
ネタバレしてはいけないので詳細は書けないが、ここには、原作にはなかったというエンディングが付け加えられており、そこに至って観客は、なぜこんなに長々と二人を巡るエピソードが羅列されてきたのか(実際、ここに至るまで長いのが玉に瑕)を理解し、極めて新鮮な感動を得ることになる。何よりも素晴らしいのは、ラストに至る伏線が、映画の冒頭、二人の出会いそのものに張られていることである。恐らく、この「延長戦」のエピソードは監督のオリジナルであり、ここで語られる「運命」と「努力」に関するフレーズこそが、監督の最も言いたいことであったのだろう。
1959年生まれの、新人でもなくベテランでもないクァク・チェヨン監督は、インターネットから生まれた原作と、人気テレビ俳優の起用、という表層的な新しさを利用し、非常にまっとうなメッセージを伝えることに成功した。そう、この映画の<新しさ>とは、映画手法にこだわるわけでもなく、かといって観客におもねるわけでもなく、彼らを笑わせ、泣かせ、満足させると同時に、自分のやりたかったことまでをもしっかりと主張してしまう、クァク・チェヨンのあっけらかんとしたしたたかさにこそあるのだ。
そこにはもはや、男女はかくあるべしとか、恋愛は、若者は、年寄りは、映画は、といった我々を取り巻く世間的な価値観はすっとび、<いま・ここ>に私が存在する、という大らかな自己主張だけが残る。
ラスト、制服姿の二人がディスコの店員に身分証明書をつきつける姿で終わる意味は、まさしくそこにある。すぐれて21世紀的な映画であることに疑いはない。
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コラムニスト 丸山 正樹
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1961年東京生まれ。早稲田大学演劇科在学中に、シナリオ講座にてシナリオを学ぶ。 1996年、Vシネマ「湘南爆走族/帰ってきた伝説の5人」でシナリオライターデビュー。Vシネマ「痴漢白書9」ほか、テレビシナリオに「恋、した。」、舞台脚本として「アナザールーム」(椿組)など。企業・官庁の広報ビデオのシナリオも多数てがける。

連絡先:maruyama@asianpalam.com
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---- CAST
| 彼女 |
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チョン・ジヒョン |
| キョヌ |
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チャ・テヒョン |
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キム・インムン |
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ソン・オクスク |
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ハン・ジニ |
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ヒョン・スッキ |
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---- STAFF
| 監督・脚本 |
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クァク・チェヨン |
| 原作 |
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キム・ホシク |
| 撮影 |
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キム・ソンボク |
| 音楽 |
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キム・ヒョンソク |
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| ビデオ |
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アミューズ・ピクチャーズ
アミューズソフト販売 |
| DVD |
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東芝デジタルフロンティア
アミューズ・ピクチャーズ
アミューズソフト販売
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公式ホームページ http://www.ryoukiteki.com/ |
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チャ・テヒョン
1976年生まれ。1995年にKBSのスーパータレント・コンテストで銀賞を受賞したのがキッカケで芸能界入り。しばらくなかず飛ばすの時期を経て、1999年テレビドラマ「ひまわり」で演じた、すっとぼけた感じの研修医役で人気を得、その後、数々のテレビドラマに出演、一躍新世代スターとしての地位を確立する。映画は、端役の1997年「ハレルヤ」があるが、主演は今回が初めて。本作にて第22回青龍賞新人男優賞受賞。
チョン・ジヒョン
1981年ソウル生まれ。雑誌モデルを経て、テレビドラマに出るようになり、1999年にオンエアされたCMでしなやかなテクノダンスを披露して一躍有名になる。映画は、1999年の「ホワイト・バレンタイン」でいきなり主役デビュー。「イルマ―レ」(2000年)では、それまでのイメージとは異なり、化粧っ気がなく憂い顔と孤独に満ちた大人の女性を演じ、新境地を開く。そして本作にて、第39回大鐘賞女優主演と人気賞をダブル受賞。今最も期待される若手女優と言っていいだろう。
オモニやアジュンマ
オモニは「お母さん」、アジュンマは「おばさん」。彼女たちが、男なんてヘとも思っていない、豪快かつこわもてな存在であることは、一度でも韓国に行ったことのある人なら誰もが納得するでしょう。
クァク・チェヨン
1959年生まれ。大学時代に自主映画を製作し、卒業後、助監督として映画界入り。1989年にメロドラマ「雨降る日の水彩画」で監督デビューする。以後、「秋の旅行」(1991年)「雨降る日の水彩画2〜ケヤキの丘〜」(1993年)と連発するが、それ以降ぱったりと作品が途切れ、本作は実に8年振りの監督作品。8年振りともなれば肩に力も入るだろうが、見事な手さばきには今後期待大。次回作の「クラシック」も早く観てみたい。
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