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アジアン・パラム シアター


第22回 レッ レスリ〜〜ィ!    
欲望の翼

「1960年4月16日、3時前の1分間、君は俺といた。この1分間を忘れない。これは否定できない事実だ。もう後戻りはできない。明日また来る。」

くっ〜〜〜かっこいい〜〜ぃ!かっこいいぞ〜レスリー・チャン。
この科白は冒頭レスリー・チャンがサッカー場で働くマギー・チャンを口説く時の文句でして、感化されやすい私はよせばいいのに実際この科白を使い大爆笑されてしまい、やはり人は言葉を選び、言葉は人を選ぶのだと痛感した次第でありまして、今さらながらですがキザな科白にも愛された不世出の俳優の死を惜しんでこの作品を今回チョイスいたしました。

もちろんレスリー・チャンといえばほかにもいい作品はいっぱいあるわけで「さらば、わが愛 - 覇王別姫」なんてかなりいけてると思うんだが、アジア映画ってことを考える時、どうしても「香港」って国は外せないと思うからなんです。

もちろん今現在、香港は中国に返還されたわけだから厳密には中国映画なのかもしれないし、この先世界アジア情勢がどう変わっていくか色々考えもあろうが、独自の(映画的)文化発展をしてきた香港映画はやはり香港映画なのだと思う。実際資料や文献には中国映画と香港映画(そして台湾映画)は別記されてるしね。

「従来の香港映画とは一線を画す洗練された人間描写の青春群像劇」(リテレール別冊『映画の魅惑』より鈴木布美子)といわれるように「香港映画=功夫もしくはキョンシー」って流れを断ち切ってしまった記念碑的映画なのではないかな。もちろんツイ・ハークジョン・ウーの「男たちの挽歌」シリーズの成功も大きい。後にこれらは「香港ノワール」といわれジャンル化してしまうほどだからね〜。

しかし、ウォン・カーウァイは「香港映画=オシャレ、スタイリッシュ、新しい」という図式をつづく「恋する惑星」で(日本に)定着させてしまったわけで、当時単館ロードショーってのがようやく定着しはじめていたことも相まってオシャレでスタイリッシュで新しい香港(アジア)映画がたくさん日本に入ってくるようになった先駆的作品であり、やや強引ですが「欲望の翼」以前とそれ以降というふうにも言えるエポックメイキングな作品といえましょう。

実際90年代の初めに「香港映画が好きです」なんて女の子がゾンビのようにたくさん現れて(私の周りだけだったのかな〜)「あ〜ジャッキー・チェンとか好きなの?」なんて言うと必ず白い目で見られたものです。

で、なにがそれまでと違ったか、、、、れ?れ?もうあんまり紙面がないや。

つづく




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コラムニスト 佐々木龍彦

映像作家。1967年兵庫県尼崎市生まれ。
高校在学中より8ミリの製作を始める。88年東京映像芸術学院在学中「七転八倒」(16ミリ短編)製作、ゲリラ的上映活動。新潟映画塾講師も務める。主な作品は「雲ゆきバス」「空から見えた月」(共に16ミリ短編)など。


連絡先:sasaki@asianpalam.com

欲望の翼データ 1990 香港/原題:阿飛正傅 Days of Being Wild
---- CAST
レスリー・チャン
カリーナ・ラウ
アンディ・ラウ
マギー・チャン
ジャキー・チュン
トニー・レオン
---- STAFF
製作総指揮 アラン・タン
製作 ローバー・タン
監督・脚本 ウォン・カーウァイ
撮影 クリストファー・ドイル
美術 ウィリアム・チョン
----
ビデオ ブレノンアッシュ
パイオニアLDC
ラインナップ
第30回 少年、機関車に乗る
第29回 風の丘を越えて〜西便制〜
第28回 インファナルアフェア
第27回 ボイス
第26回 HERO
第25回 ほえる犬は噛まない
第24回 欲望の翼」つづき
第23回 猟奇的な彼女
第22回 欲望の翼
第21回 ディープ・ブルー・ナイト
第20回 藍色夏恋
第19回 われらの歪んだ英雄
第18回 夏至
第17回 接続 - ザ・コンタクト -
第16回 カップルズ
第15回 ディナーの後に
第14回 祝祭
第13回 豚が井戸に落ちた日
特別編 コラムニスト対談(韓国映画編)
第12回 魚と寝る女
第11回 ペパーミント・キャンディー
第10回 ラスト・プレゼント
第9回 グリーンフィッシュ
第8回 友へ チング
第7回 カル
第6回 反則王
第5回 美術館の隣の動物園
第4回 イル・マーレ
第3回 アタック・ザ・ガスステーション
第2回 八月のクリスマス
第1回 春の日は過ぎゆく

ツイ・ハーク
1980年代以降の香港映画界の最重要人物といっても過言ではない人物。製作、監督、時には出演もこなす才人。プロデュース作品として『男たちの挽歌』(86)以外に『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(87)などを手掛け、自身の監督作としては『上海ブルース』(84)で新風を吹き込み、今の武侠片ブームのきっかけともなった『ワンス・アポン・タイム・イン・チャイナ』(91)を大ヒットさせている。

ジョン・ウー
ツイ・ハークと組んだ『男たちの挽歌』以降もひたすら男たちの世界をスローモーションを多用して描き続ける香港のサム・ペキンパー。アメリカへ渡ろうとも一貫したスタイルを貫く様はまさになにをかいわんやでありますな。 渡米後の主な作品 『フェイス/オフ』(97)『ミッション・イン・ポッシブル2』(00)『ウィンド・トーカーズ』(02)

ウォン・カーウァイ
脚本家として活躍後、『いますぐ抱きしめたい』(88)で監督デビュー。 『恋する惑星』(94)『天使の涙』(95)『ブエノス・アイレス』(97)『花様年華』(00)

レスリー・チャン
76年香港のテレビ局が主催する歌謡コンテストで準優勝しそのまま歌手として芸能界入りしトップシンガーとして活躍。映画デビューは『紅棲春上春』(78)。『男たちの挽歌』(86)『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(87)とツイ・ハーク、ジョン・ウーらと組む。ウォン・カーウァイの作品に多数出演。また『君さえいれば 金枝玉葉』(94)など幅広い演技でまさにトップスターであった。

マギー・チャン
83年度のミスワールド香港代表に選ばれて芸能界入り。『青蛙王子』(84)で映画デビュー。ウォン・カーウァイ作品の常連であるだけでなく、『宗家の三姉妹』(96)『イルマ・ヴェップ』(96)など国際派女優としても活躍。新作『英雄HERO』(02)も楽しみ。

ジャッキー・チェン
61年(7歳)中国戯劇学校入学。翌年『大小黄天覇』で映画デビュー。『ドラゴン怒りの鉄拳』で悪役日本人の吹き替えでブルース・リーと共演!『広東小老虎』で初主演。しかし以降、役に恵まれず、75年オーストラリアに移住していた両親の許に帰る。76年香港に戻り芸名を「成龍」に改めてクンフー映画に出演。『スネーキーモンキー・蛇拳』(81)以降の活躍はみなさん御存じね。




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