

 |

| 第21回 |
「80年代最高の監督」の作品を2003年に観る意義 |
|
 |
| ディープ・ブルー・ナイト |
 |
|
 |
 |

このコラムで韓国映画の旧作を紹介できるのも、あと数回のことになりそうだ。いや、紹介したい映画、紹介すべき作品はまだたくさんあるのですよ。だが、まだまだ日本ではビデオ発売されている作品は少なく、発売されていても余程大きな店に行かなくては置いてない、という状況なのです。
もちろん、どんな形であれ観られるのなら紹介すべき、という声もあるでしょうが、このコラムでは、「気軽に観られる映画」というのを趣旨にして(いつ決まったんだ?)いるので、必死に探さなければ観られない映画を取り上げるのもどうも・・・実は今回も、当初は、前回からの流れで韓国の政治・社会状況を描いた映画が観たいなーと思い、韓国人のベトナム体験を描いた『ホワイト・バッジ』を紹介しようと思っていたのだが・・・これがないんですよ、私の近所のビデオ屋には!仕方がないので、代わりに取り上げたのは、「80年代最高の監督」と言われる、名匠ペ・チャンホ監督の『ディープ・ブルー・ナイト』。
実は、これほど有名な監督であるのにも関わらず、ペ・チャンホの作品を観るのは今回が初めて。この20年ぐらいの韓国映画の歴史を調べていくと、イム・グォンテクと並んでひんぱんに登場する監督であるからして、前々から気になってはいたのだが、今まで観る機会がなくて・・・いや、観る機会がなかった、というのは嘘で、実はちょっと敬遠していた監督なのだ。というのも、この監督の代表作と言われる『鯨とり』『神さまこんにちは』などの紹介記事を読むと、必ず「心温まる善意の物語」「クリスチャンである監督の心情がこめられており」というような記述があり、正直言って苦手なのですね、そういう映画。で、今まで敬遠していたのだが、いつまでも逃げているわけにはいかない。韓国映画の現在までの流れを掴むには絶対にはずせない監督であることは確かなので、今回初挑戦した、というわけです。あー、前置きが長くなった。すみません、ここからようやく『ディープ・ブルー・ナイト』の紹介に入ります。
アメリカに密入国したペク・ホビン(アン・ソンギ)は、本国に身重の恋人を残している。永住権を得て彼女を呼び寄せるため、バーで働くジェーン(チャン・ミヒ)と偽装結婚する。所詮紙切れだけの結婚、一緒に暮らす必要もない二人だったが、ペクが移民局に追われ、職を失ってジェーンの家に転がりこんだ(もちろん、家賃はきちんと払うという条件付)ことから、次第に親密になり、やがて本当に愛し合うようになるが・・・
冒頭、西海岸の砂漠のようなところをアン・ソンギ運転のオープンカーが疾走するシーンのバックに「ハイウェイ・スター」が流れた時は、思わず「お前はアメリカン・ニューシネマか!」と突っ込みを入れたくなったが、ソンギがミヒと偽装結婚する辺りから落ち着いて観られるようになった。オール・アメリカ・ロケ、というのが売り物で、なるほど、こうしてみると韓国映画には見えない。中身の方も、祖国を遠く離れた都市で一人生活する女性の孤独、誰の言っていることが本当なのか分からないサスペンスフルなラブ・ストーリー、本国を脱出しアメリカでの成功を夢見るという社会的背景、などなど、中々見ごたえもある。何気なく張られた伏線の意味が、クライマックス近くで次々と明らかになっていくあたりの描写も見事だ。確かによくできている。だが・・・。
そう、だが、なのですよ。確かにウェルメイド。だが、この映画は、よくできたプログラムピクチャアの域を出ていないのではないだろうか。いや、それが悪いと言っているわけではない。プログラムピクチャアとしては水準以上、文句のつけようがないのだが、それがその年の大鐘賞作品賞ほか6部門受賞、記録的な大ヒット、と聞くと、「え?ちょっと待ってよ、韓国映画のレベルってその程度だったの?」と言いたくなってしまうのだ。この違和感は何だろう。
資料を読むと、「それまで、興行とのバランスを考えて韓国の観客の嗜好に合わせていたぺ監督が、初めて作家的主張に重きを置いた作品」という記述がある。だが、この映画こそ、観客の嗜好と作家性を「ほどよく」配合した作品に見える。そして、そういった「ほどよい」バランスの映画は、今まで紹介してきたような新世代の映画(破綻や不可解な描写はあるものの、斬新さと野心に満ち溢れている)や、それでまでの韓国映画の伝統に培われた力作(古臭さはあるものの、歴史の重みと力強さがみなぎっている)に比べると、いささか分が悪い。こういう映画だったらハリウッドにはもちろん、たぶん日本映画にも勝てないだろう。事実、日本では、この映画が公開される前年に「家族ゲーム」や「竜二」といった、今観ても色褪せない傑作がつくられているのだ。
だが、現代の韓国映画(のうちの数本の傑作)は、おべんちゃら抜きに日本映画のそれを凌駕している。つまり、「80年代最高の監督」「韓国のスピルバーグ」と呼ばれたペ・チャンホの作品を、2003年現在に観た時に感じるこの違和感は、そのまま、この20年でいかに韓国映画が変わったか、ということの証左でもあるのだ。
特にこの映画の場合、「韓国映画離れした」表層を装っているだけに、逆に「でも韓国映画」であることのマイナス面が目立ってしまう。例えば冒頭の「ハイウェイ・スター」の浮き方、女性に対する暴力(いくらアン・ソンギが悪い奴だと説明するための描写だとしても、あまりにもひどすぎる)、美国・アメリカへの単純な憧れ、などなど・・・なんか、観ていてちょっと痛々しさすら感じる。無理してアメリカの、しかもB級映画を真似しなくても、あなたたちにはあなたたち独自の世界観があるはずじゃないですか、と。
細かいことだが、もし現代の若い監督が同じ脚本で撮ったとしたら、ラストの1カットは絶対に撮らないか、撮っても編集ではずしただろう。ロングで銃声、それで十分分かる。それが分からないペ・チャンホは、「韓国のスピルバーグ」にはなれても、イ・チャンドンやホ・ジノのように国際的な舞台に立つことはたぶんできない。もちろん、それで悪いってことはないんだけど。
|
 |
 |
 |
 |

コラムニスト 丸山 正樹
 |
 |
 |

1961年東京生まれ。早稲田大学演劇科在学中に、シナリオ講座にてシナリオを学ぶ。 1996年、Vシネマ「湘南爆走族/帰ってきた伝説の5人」でシナリオライターデビュー。Vシネマ「痴漢白書9」ほか、テレビシナリオに「恋、した。」、舞台脚本として「アナザールーム」(椿組)など。企業・官庁の広報ビデオのシナリオも多数てがける。

連絡先:maruyama@asianpalam.com
 |
 |
 |
| ▼『ディープ・ブルー・ナイト』データ |
1984 韓国/原題:深く青い夜 |
|
---- CAST
| ペク・ホビン |
 |
アン・ソンギ |
| ジェーン |
 |
チャン・ミヒ |
| |
 |
ジン・ユヨン |
| |
 |
チェ・ミニ |
|
 |
---- STAFF
| 製作 |
 |
イ・ウソク |
| 監督 |
 |
ペ・チャンホ |
| 原作・脚本 |
 |
チェ・イノ |
| 撮影 |
 |
チョン・グァンソク |
| 音楽 |
 |
チョン・ソンジュ |
----
| 製作会社 |
 |
東亜輸出公司 |
| ビデオ |
 |
アスミック |
|
|
|
|
 |
 |
 |
 |

マスターのちょっと一言
 |
 |
 |
 |
 |
 |

この映画を直観的に酒に例えて一言。
「ショット・ガン」
テキーラとソーダを入れたショットグラスの口を手でふさぎ、底をダン!とテーブルに打ち付けて一気に飲みほす。単純にラストシーンからの連想。簡単ですんません。
 |
 |
 |
 |
ホワイト・バッジ
1992年の作品。チョン・ジヨン監督、アン・ソンギ主演。パク・チョンヒ大統領暗殺直後の社会を背景に、ベトナム戦争で戦場に送られた若き兵士たちの苛烈な体験と帰国後の悪夢のような後遺症を描く。ベトナム戦争を描いた作品としては、初めてベトナム・ロケを敢行。
ペ・チャンホ
1953年生まれ。大学卒業後、貿易商社に就職するが、高校の先輩、イ・ジャンホの監督カムバックのニュースを聞き、辞表を出して赴任先のナイロビから帰国。同監督の下で映画製作に携わり、1982年、ソウルのスラム街に生きる人々を描いた「コバン村の人々」で監督デビュー。デビュー作からすでに興行的ヒットを記録する。その後、「鯨とり」(1984)、本作、と名優・アン・ソンギとのコンビで公開年の観客動員数一位を連続して記録。1986年以降は作家的転身を図るも、興行成績は悪化。1990年代は、独立プロを設立し、主にインディペンデント映画を製作。2001年、久しぶりにスター総出演の大作「黒水仙」の監督を務めた。
イム・グォンテク
第14回「祝祭」参照
アン・ソンギ
第14回「祝祭」参照
この20年
正確には、韓国映画が目覚しい変貌を遂げたのは、第1回釜山国際映画祭が開かれた1995年ぐらいから。それ以降、ホン・サンス、イ・チャンドン、ホ・ジノといった監督のデビューが相次ぎ、韓国映画は一躍国際的に認められるようになった。うーん、たった7、8年でこうも変わるかね。
イ・チャンドン
第9回「グリーンフィッシュ」参照
ホ・ジノ
第1回「春の日は過ぎゆく」参照
|