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アジアン・パラム シアター


第18回 湿ってることはエロスなのよ〜   
夏至
夏至
先日、某ニュースキャスターが「アジア各地で猛威をふるっているSARS・・・」と報道しておりまして、「ほなカナダもアジアなんかい!」とそのキャスターに突っ込みを入れつつも、ふとその「アジア各地」という言葉が妙に引っ掛かりまして、なる程今SARSが発生している国は(カナダはさておき)たしかにアジアなんだな〜 と今さらながら思い直し、ならば(現時点では)めでたくSARS終息を宣言したベトナムを取り上げてみようではないかと思い至りまして、

で、ベトナムといえばやっぱりこの人、トラン・アン・ユン監督でありましょう・・・ってなわけで同監督の最新作の登場です。ちなみにトラン・アン・ユン監督はベトナム戦争から逃れてフランスで育ったベトナム系フランス人なのであり、そのデビュー作「青いパパイアの香り」はなんとフランス国内のスタジオで全編セット撮影されたベトナム(が舞台の)映画なのじゃ。

その望郷の念たるや凄まじいものでして、それは3作目となるこの「夏至」でもいささかも衰えずにベトナムの空気をのぞかせています。そうまさにトラン監督はベトナムを覗いているんだよな〜 旅人というか憧れなのか、はたまた郷愁といってもいいのかもしれないが、少なくとも土着民ではないように思う。

たしか中条省平氏が「フランスで食べるベトナム料理のよう」ってなことをおっしゃっていたと思うんだけど、これはかなり的を得ていてます。この作品がリアルなベトナムだ〜 な〜んて努々思わないでしょうが「青いパパイアの香り」でフランスの国内のセットにベトナムを作り上げたテクニックからも分かるようにこの人は「映像で勝負!」みたいな人なんだな。

で、その映像はひたすら湿りを追求しています。この湿り具合がなんともアジアしてますね。(っていうかちょっとやりすぎ?)「湿っていることはエロスなのよ〜」な〜んて鼻歌まじりに演出していたとは思わないが、とにかく全編よく濡れてます。それは雨とか髪を洗うとかタライで野菜を洗うといったシーンだけでなく、感性というのか感覚というのかそういったものが湿っぽいんじゃないかな〜 いくらベトナム系フランス人といっても他の地域の人には出せっこない感覚だと思いますね。

この湿りをデビュー作から一貫して水や光り(垂直に照りつける太陽)といった要素をからめながら独特の映像美に昇華させてます。本作品でも、例えば妻が夫の手を洗ってやるなんてシーンがトラン監督独特の美学で構築されているんだが、いかんせん登場人物達が極端にしゃべらないもんだから映像にハマる人はこの上なく楽しめるんだろうけどダメな人は気持ちよ〜く眠ってしまうことでしょう。

この作品もまた「無感動の系譜」といいますか、あまりストーリーに重点を置いてないようで、母の命日から父の命日までの数日間を3姉妹を中心に淡々と描いてるんですが、それぞれの話は結構起伏飛んでて、ややもすると往年の「金妻」シリーズのように浮気や妊娠といった隠し事がドラマを作っていくんだけど、この隠し事が静かにそしてじわりと広がっていく様は成瀬巳喜男のように思えるんだけどな〜

さて今回は三女(トラン・ヌー・イェン・ケー)がどうみたって妖しい関係にしか見えない兄と暮らすアパートに注目してみましょう。オープニングとラスト、さらに劇中何回となく出て来るこの部屋は、兄妹それぞれ別の部屋で一応寝ているんだが、壁は真ん中が大きく開いていて、そこをカーテンで仕切ってベットを隣合わせにして寝てまして、そのカーテンを開けるところから映画はスタートします。やがて三女は兄のベットに潜り込み果ては兄を追い出していってしまう様が3姉妹が少しずつ微かに変わっていく心情とリンクするようにも思われてきます。

夫の浮気を疑う次女、愛人のもとへ足繁く通っていた長女の夫は愛人(と子供)の所へと去っていっってしまい、貞節だと思われた母までが晩年は父とは違う男の名を呼んでいた。というように、疑惑と崩壊が渦を巻きそうなのにこの作品はそれらを曖昧なまま調和させようと試みる。

ラスト近くに初めて妹の部屋側から(それまでは兄の部屋側からシーンがスタートしてる)捉えられた部屋にはそれまでの湿っぽさがなく、むしろ晴れ晴れとしており、真っ白い衣装が私達の感情すらも解放させ、偽善ではなく寛容がやさしく包み込んでくるのだ。



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コラムニスト 佐々木龍彦

映像作家。1967年兵庫県尼崎市生まれ。
高校在学中より8ミリの製作を始める。88年東京映像芸術学院在学中「七転八倒」(16ミリ短編)製作、ゲリラ的上映活動。新潟映画塾講師も務める。主な作品は「雲ゆきバス」「空から見えた月」(共に16ミリ短編)など。


連絡先:sasaki@asianpalam.com

夏至データ 2000 フランス・ベトナム/
原題:A LA VERTICALE DE L’ETE
---- CAST
トラン・ヌー・イェン・ケー
チャン・マイン・クオン
グエン・ニュー・クイン
レ・カイン
ゴー・クアン・ハイ
アンクル・フン
レ・トゥアン・アイン
---- STAFF
監督・脚本 トラン・アン・ユン
製作 クリストフ・ロシニョン
撮影 マーク・リー
音楽 トン=ツァ・ティエ
----
DVD・ビデオ アスミック・エース
日本ビクター

公式ホームページ:http://www.lazennec.com/verticale/
ラインナップ
第30回 少年、機関車に乗る
第29回 風の丘を越えて〜西便制〜
第28回 インファナルアフェア
第27回 ボイス
第26回 HERO
第25回 ほえる犬は噛まない
第24回 欲望の翼」つづき
第23回 猟奇的な彼女
第22回 欲望の翼
第21回 ディープ・ブルー・ナイト
第20回 藍色夏恋
第19回 われらの歪んだ英雄
第18回 夏至
第17回 接続 - ザ・コンタクト -
第16回 カップルズ
第15回 ディナーの後に
第14回 祝祭
第13回 豚が井戸に落ちた日
特別編 コラムニスト対談(韓国映画編)
第12回 魚と寝る女
第11回 ペパーミント・キャンディー
第10回 ラスト・プレゼント
第9回 グリーンフィッシュ
第8回 友へ チング
第7回 カル
第6回 反則王
第5回 美術館の隣の動物園
第4回 イル・マーレ
第3回 アタック・ザ・ガスステーション
第2回 八月のクリスマス
第1回 春の日は過ぎゆく


マスターのちょっと一言

この映画を直観的に酒に例えて一言。
「マンゴーカクテル」
ベトナムの汗ばむような湿気と暑さを感じるこの映画は、マンゴーリキュールをオレンジジュースで割った感じかな。


中条 省平
学習院大学フランス文学科教授、映画評論家。他にジャズやマンガ等の評論活動も手掛ける。著書に「映画作家論?リヴェットからホークスまで」(平凡社)「クリント・イーストウッド アメリカ映画を再生する男」(朝日新聞社)など

成瀬 巳喜男
小津安二郎 溝口健二と並び称される日本が誇る世界的名匠。メロドラマの名手と呼ばれ、小市民の夫婦の侘びしさを独特のタッチで描いた作品が多い。が、「浮雲」('55)では戦争を背景に抜き差しならぬ男女関係を描ききる。最も優れた恋愛映画として今なお色褪せないこの傑作を小津安二郎が「オレに撮れないシャシン(映画)」と語ったのは有名。フランスのヌーヴェルヌーヴェルヴァーグと呼ばれる世代(レオス・カラックスなど)からも絶大な支持を得ている。
他に「妻よ薔薇のやうに」('35)「鶴八鶴次郎」('38)「めし」('51)「山の音」('54)など

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