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「友へ チング」
発売元:ポニーキャニオン |
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熱いぜ!チャン・ドンゴン!
そして 濃いぞ〜!ユ・オソン!!
『お嬢ちゃん気を付けな 火傷するぜ!』
ってな感じの本作品はま〜濃い濃い濃い〜ぃ!確かに銀残しの映像や脚本、演出も濃い。しかし圧巻は、どうひいき目に見たって高校生になんか見えっこないユ・オソンやチャン・ドンゴンがツメ襟の学ランを着て高校生役を演じるなんて濃すぎるぜい。
やってることは“岸和田少年愚連隊”のナインティーナインはおろか“8時だよ!全員集合”の志村けんや加藤茶と大差ないのに、おちゃらけた映画になっていないのは、主役のユ・オソンはじめ役者たちの、そしてクァク・キョンテク監督はじめスタッフの熱い心意気からなんだろうな。いい映画には奇跡を呼び起こす何かがあるもので、このツメ襟姿のオッサンたちもその何かに突き動かされて、アクセル全開!突っ走り、「なんやその格好は?」と揶揄する隙を与えない。 |
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この企画は何度も頓挫し中断したらしい。が、ユ・オソンはジュンソクの役をくれるなら何年でも待つと監督に言ったらしいんだけど、果たしてもう少し年をとってたらどうなってたんだろう?いやいや、これ以上若くても年をとってもこれ程の名演はなかったと思う。撮影期間すらも味方につけたと言えますね。これを奇跡と言わずになんと言おうか。
そして、ユ・オソンの演技はとても真摯です。一直線です。カーブもフォークもなく、打たれることを恐れない直球勝負についつい引き込まれてしまうんだな〜 ぶちゃいくな顔なのにね(余計なお世話か)誰しも脳裏から離れない麻薬中毒のシーンなんてそれまで観戦していたはずの私達にいきなり直球が飛んでくるようだ。私達は打ち返すことも受けとめることもできずに、ただ痛みを抱えその場にふさぎこんでしまうでしょう。
そしてドンス役のチャン・ドンゴンも、鋭利な刃物でも内包したような緊張感を全編に張り巡らしてます。ほんとに今にもキレそうだもんな〜 この刃物のようなチャン・ドンゴンが「俺はお前のパシリか」とユ・オソンに凄むシーンのなんとゾクゾクすることでしょう。刃物のようなチャン・ドンゴンを直球で受けとめるユ・オソン! 魂のぶつかり合い! か〜たまらんぜぃ。このシーンが素晴らしいのは、今にもキレて爆発しそうな二人の熱演を便所の中に封じ込めたことです。あのタイルのなんともひんやりした感じ!壊れて、痛くて、凶器にもなりうる陶器に囲まれた便所に二人の野獣を封じ込めたからこそ、今にも壊れ、傷つき、痛む感覚に私達は打ちのめされるのです。このシーンをデパートの屋上とかにある“フワフワ”(アドバルーンみたいにふくらんだ恐竜とかの形したアレです)の中でやってたら、緊張感もへったくれもないもんね。
さてこの作品は、ユ・オソンとチャン・ドンゴンを中心とした物語をソ・テファが回想する形で進みます。ということは、皆が離ればなれになっていることは大体察しがつきます。つまりこの作品は皆が離ればなれになるまでの話といえますね。青春とか友情とかって別離があって初めて輝くものなんじゃないのかな〜
この作品のオープニングで薬品散布の車を追いかけるシーンが(釜山で生まれ育ったわけでもないのに)どことなく懐かしく、どことなく別離を感じさせるのは、銀残しやコマ数を変えた撮影によってだけではなく、人類が(少なくともアジアの住人である私達が)あの時代に決別してしまったがゆえの郷愁ではないのかな〜 欧米の人達にはどう写るんだろう?
ストーリーにあまりからんでこないチョン・ウンテク(高嶋一族に思えてならないのは私だけ?)以外は、完全に別れることになるのだが、なぜあれ程感動的なのだろうか?
ユ・オソンから匕首の使い方を教わったチンピラがチャン・ドンゴンを襲うクライマックスで、降りしきる雨の中、何度も何度も匕首を突き刺されたチャン・ドンゴンが「もうええ!もうようさんもろたわ」と呟く時、その科白はもちろん目の前にいる今自分を刺したチンピラに向けられているのだが、ヤクザ者としては共存していけないユ・オソンへの想いにもとれる。チャン・ドンゴンは真正面からユ・オソンを受けとめたんじゃないだろうか・・・
ラストの刑務所の面会室で、収容されたユ・オソンに「時間が無い。さぁ早く話そう」とうながされたソ・テファが話し出すのが、妹が結婚したなどといった当り障りのない世間話なのだが、いや、だからこそ、涙を誘うのだ。この時のユ・オソンの真摯な姿に、運命を受けとめようとする男の強さを、そして、チャン・ドンゴンが受けとめたものがなんであったかを垣間見る。彼らにはもう言葉は必要無いのだ。しかし、彼らの間には、透明な壁が立ちはだかり、手を合わせることも出来ない。このはがゆさこそが感動的なのだ。なぜなら彼らの想いは離ればなれになることによってしか光り輝くことができないからなのだ。
日本公式ホームページ http://www.chingu.jp/
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コラムニスト 佐々木龍彦
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映像作家。1967年兵庫県尼崎市生まれ。
高校在学中より8ミリの製作を始める。88年東京映像芸術学院在学中「七転八倒」(16ミリ短編)製作、ゲリラ的上映活動。新潟映画塾講師も務める。主な作品は「雲ゆきバス」「空から見えた月」(共に16ミリ短編)など。

連絡先:sasaki@asianpalam.com
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| ▼『友へ チング』データ |
2001 韓国/原題: |
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---- CAST
| ユ・オソン |
| チャン・ドンゴン |
| ソ・テファ |
| チョン・ウンテク |
| キム・ボギョン |
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---- STAFF
| 監督・脚本 |
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クァク・キョンテク |
| 撮影 |
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ファン・ギソン |
| 音楽 |
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チェ・スンシク/チェ・マンシク |
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| 製作 |
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シネライン2 |
| 提供・配給 |
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コリア・ピクチャーズ |
| 共同提供 |
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コエル創業投資 |
| 日本提供 |
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ポニーキャニオン/テレビ朝日/ ニッポン放送/東宝東和/ IZENTECH/C.C2000 |
| 日本配給 |
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東宝東和 |
| 日本配給協力 |
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シネカノン |
| ビデオ・DVD |
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ポニーキャニオン |
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「友へ チング」ストーリー
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舞台は70年代の釜山。幼なじみの親友4人組が高校で再び同級生になる。ヤクザの息子のジュンソク(ユ・オソン)、葬儀屋の息子ドンス(チャン・ドンコン)、優等生サンテク(ソ・テファ)、お調子者のジュンホ(チョン・ウンテク)。中学生の間に優等生になっていたサンテクは最初はジュンソクたちとは馴染めなかったのだが、次第に違う環境のままでも、友情を取り戻して行く。やがてジュンソクとドンスは高校を中退しそれぞれ対立する組織へと進む。彼らを待ち受けている運命とは? 友情とは何かを真正面から描いたヒット作。
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チング
漢字で「親旧」、韓国語で「友だち、親友」という意味。
銀残し
現像時に普通なら除去する銀粒子を一部フィルムに残す方法。カラーフィルムでモノクロの効果が狙えないかと、我が日本が誇る世界一のキャメラマン宮川一夫さんが考案した。現在では様々な改良がなされて、この作品の雨のシーンやハリウッド作品で夜の街灯の銀色を強調したりといった効果にもつかわれる。しかし、ヴィデオだとその効果が半減してしまう。残念。
ユ・オソン
1968年生まれ。第3回のコラムでも紹介した「アタック・ザ・ガス・ステーション」でムデポ役を好演。その後、自らがシナリオに惚れ込み出演した「友へ/チング」で、実力・人気ともに不動の座を獲得。次回作「チャンピオン」の公開が待たれる。
チャン・ドンゴン
1972年生まれ。92年MBCテレビの21期タレントとしてデビューするや、その人気は “貴公子シンドローム”と呼ばれたほど。数々のTVドラマに出演し、現在日本でも放映中(02年10月〜)の韓国ドラマ「イヴのすべて」にも出演(韓国では2000年)。97年「敗者復活戦」で映画デビュー。最近では仲村トオルと共演した「2009ロスト・メモリーズ」、海岸警備隊員を描いた「海岸線」などがある。台湾・香港での人気も高い。
クァク・キョンテク監督
1966年釜山生まれ。ニューヨーク大学映画学科にて映画を学ぶ。「友へ/チング」は自身の体験をもとに自ら脚本を書き、記録的大ヒット、“チング・シンドローム”と呼ばれる社会現象をひきおこした。主演のユ・オソンと組んだ「チャンピオン」では、実在したボクシング選手で、試合中に壮絶な死をとげたキム・ドゥックを描いている。
「俺はお前のパシリか」
釜山の町を舞台に描かれたこの映画、一貫して釜山方言が使われている。このセリフや「もう十分刺された」などのセリフを釜山方言で言うのが韓国では流行、ギャグとしてはやったそうだ。標準語よりかなり抑揚があり、語尾も違う。キツいと感じる人もいれば、親しみが持てると感じる人も。その独特の地元感を伝えるためか、DVDでは関西弁吹替えもある。
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