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困った。うーん、困った…。韓国映画の魅力を紹介するコラムの第一回目の作品として、「八月のクリスマス」で鮮烈な印象を残したホ・ジノ監督の二作目・『春の日は過ぎゆく』を選んだのは、最新の韓国映画事情を紹介するのに最適なだけでなく、「JSA」や「シュリ」などの大作とは異なり、日常を淡々と描く同監督の作風を通して、韓国映画と日本映画の違いと共通点、ひいては韓国(人)と日本(人)のそれにまで言及できるのではないか、と考えたからだった。だが、そこで冒頭の言葉に戻るのである。うーん、困った…。
何をそんなに困っているかと言えば、この作品が、当方のそんな思惑とは少し違った映画だったからなのだ。いや、作品がつまらなかった、というわけではない。それどころかかなり上出来、いや、ここ数年、これほど身につまされる恋愛映画は見たことがない、と言っていいほどの出来栄えなのだが…要は、「身につまされすぎて」困っているのである。あまりに身につまされすぎて、韓国映画がどうとか日本と韓国がどうであるとかなどという問題は吹っ飛び、なぜ男と女はかくも分かり合えないのか、なぜあんなに愛しあっていたはずの男女がかくも小さなすれ違いでこれほどまでに心が離れてしまうのか、という命題に突き当たり、考え込んでしまっているのだ。
もちろん、この映画にも、韓国映画ならではの描写はいたるところに存在する。若い男女がアパートで毎日のように食べるのはあの「辛ラーメン」で、それに餅を入れたりキムチを入れたり工夫するさまは韓国の若者食事情かくあらんと思わせてニヤリとさせてくれるし、主人公であるユ・ジテのハルモニ(お祖母さんのこと、オバアサンと訳すより、沖縄風にオバアと言ったほうがぴったりくる)を通して、年長者やお年寄りを尊び敬う儒教精神が根付いている様を教えてくれる。また、恋人同士がどんなに親しくなっても互いに「さん」づけで相手を呼ぶのも新たな発見だった(女性が男性に対しさんづけするのは分かるが、男も女をさんづけするのは相手が年上だからであろうか。それともそれが一般的なの?)。さらに、ヒロインのイ・ヨンエが、ユ・ジテから「父が会いたいって言っている」と言われ、「わたし、キムチ漬けられないの」と答えたり、ユ・ジテの父の「早く彼女を連れてこい」という言葉に続いて母代わりの叔母が「いつまで私にご飯の支度をさせるつもり」と言う場面などは、韓国の家族観・夫婦観を浮き彫りにする(この辺りのプロセスは物語の進行に重要な役割をはたしているのでもあるが。それに関しては映画を観てください)。
だが、それら「韓国ならでは」の描写がちりばめられているにも関わらず、この映画を見ている恐らく誰もが、「韓国映画」であるということを忘れ、男ならユ・ジテに、女ならイ・ヨンエにどんどん感情移入していき、「何でそんなこと言うの!」「あ、ダメ、そんなことしちゃ!後で後悔するよ」「違う、そういう意味じゃないのに」などとキリキリすること請け合いなのである。それほど、この映画は国や人種の違いを越え(あー、でも西洋人にはこういう微妙な感覚分からないかなあ)、普遍的な男女の関係、ほんの小さなことから気持ちがすれ違っていくプロセス(よくボタンの掛け違えっていうでしょ。あれですあれ)を、繊細な演出によって描き出していく。
この映画を観ていると、普通に生きていること、その中にこそ、船が沈没したり宇宙船が登場する以上のドラマがある、ということがよーく分かる。台湾のホウ・シャオシン、中国のチャン・イーモウ、イランのアッバス・キアロスタミ。何でもないことを何でもなく描きながら、「つらいこともあるけど、生きてくってことも、結構悪くないよな」と思わせてくれる監督たちの系譜に、たった二作でホ・ジノも加わった。
ヒロインを演じるイ・ヨンエは、「JSA」で軍服姿がなんとも凛々しかったあの女優さん。前回は狂言まわしめいた役どころで、その美貌以外にさして見せ場もなかったが、今回は等身大のヒロインを演じて素晴らしい演技を見せている。こんな美しい人がああいう役をやるから、「女って、本当に女ってやつは!」とまた身につまされるのであろう。対するユ・ジテは、図体はでかいが、笑顔が素敵な心優しい青年。言うなれば「気は優しくて力持ち」タイプで、「八月のクリスマス」の時のハン・ソッキュといい、監督のホ・ジノはこういう男性像が好きなようだ。恐らくホ・ジノ自身がこういうタイプなのではないか(少なくとも写真で見るホ・ジノはまさしくこういうタイプに見える)。ユ・ジテの役どころは、駆け出しの録音技師で、ラジオDJのイ・ヨンエと仕事で出会い(その出会いの場面、駅の待合室で赤いマフラーに顔をうずめて居眠りしているイ・ヨンエのなんと可愛いこと)、風で揺れる竹林の笹音や、冬の山寺に降り積もる雪の音、過ぎ行く夏の川のせせらぎなどを録音しながら、次第に恋に落ちていく。しかし、その先に待っているものは…映画のラスト近くに、呆けていたはずのハルモニが放つ言葉の何と心に沁みることよ!
恋愛なんて興味ない、という人でも、舞台になった韓国の地方都市の四季の移り変わりの美しさを観るだけでも一見の価値あり。そのどちらにも興味のない無粋な人は、イ・ヨンエの可憐さでも観てください。だけど、甘い恋愛映画を期待していくとひどいしっぺ返しをくいますよ。恋愛とは美しくも残酷なもの。ここには、ただその現実だけがあります。
製作には日本の松竹が協力。主題歌は松任谷由美の作曲。渋谷Bunkamuraル・シネマ(〜8/16)他にて公開中。
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コラムニスト 丸山 正樹
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踊るシナリオライター
ここのところ、映画脚本は開店休業状態。今年に入ってからの仕事は、舞台とテレビドキュメンタリー。でも、もう両方とも終わってるので宣伝できません。韓国で好きなものは、BoAとまっこり。

連絡先:maruyama@asianpalam.com
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| ▼『春の日は過ぎゆく』データ |
2001 韓日香合作/原題: |
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---- CAST
| サンウ |
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ユ・ジテ |
| ウンス |
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イ・ヨンエ |
| サンウの祖母 |
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ペク・ソンヒ |
| サンウの父 |
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パク・イヌァン |
| サンウの叔母 |
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シン・シネ |
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---- STAFF
| 監督 |
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ホ・ジノ |
| 脚本 |
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リュウ・チャンハ/イ・スクヨン/シン・ジュノ/ホ・ジノ |
| 音楽 |
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チョ・ソンウ |
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| 製作 |
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サイダス/松竹/アプローズピクチャーズ |
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| オフィシャルサイト:http://www.shochiku.co.jp/harunohi |
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「春の日は過ぎゆく」ストーリー
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録音技師の青年サンウ(ユ・ジテ)とラジオ局のDJウンス(イ・ヨンエ)は番組の取材で出会い、恋におちる。が、「いつも一緒にいたい・・・」そんな幸せな日々も束の間、ウンスの心は離れていく。一途に彼女を思うサンウはとまどい、傷つく。竹林を渡る風、終わりゆく夏の波。サンウは大切な「今」を音に記録していくのであった。
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ホ・ジノ
1963年全州生まれ。脱サラして韓国映画アカデミーに入学。卒業後、助監督経験を積んだ後に1998「八月のクリスマス」でデビュー。第19回青龍賞新人賞など、各賞を総なめにする。本作が二作目。
辛ラーメン
いわずとしれたインスタント激辛ラーメン。韓国では、基本的にラーメンと言えばインスタントラーメンのこと。映画の中で、イ・ヨンエが生でかじるシーンがあって、お茶目なヨンエちゃんを表現するシーンかと思ったが、韓国ではよくインスタントラーメンを生でかじるらしい。(もちろんスープの素もふりかけて。)
ユ・ジテ
1976年ソウル生まれ。1998年「バイ・ジュン」でデビューした後、1999年の「アタック・ザ・ガス・ステーション!」で大ブレイク。ほかの出演作には「リベラ・メ」(2000年)など。今や、ハン・ソッキュと並ぶ韓国の人気男優。
一般的
女性が年上ということもあるし、おそらく二人の間の微妙な距離感を出したかったのでは?男性は女性を「さんづけ」しないのが一般的。
イ・ヨンエ
1971年ソウル生まれ。モデルとしてデビュー。TVドラマ、CMに多数出演した後、1996年「インシャラ」で映画デビュー。4年振りに出演した映画「JSA」で大人気となる。今、韓国映画一番の美人女優、と言い切ってしまおう!
韓国の地方都市
カンウォン道のカンヌン市を舞台に、「音」を求めて旅に出る。カンヌンは、ソウルのずっと東、日本海側の町。
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