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「ソウルの食べ方歩き方」路地裏安食堂探検ガイドへもどる

「ソウルの食べ方歩き方」の著者:中山茂大の未発表コラムをどうぞ。

「ソウルの食べ方歩き方」ボツ原稿復活シリーズ
第1回「冬なのに蚊がいるソウルの宿

世の中には蚊に好かれるタイプの人というのが確実にいる。たとえばひとつの部屋に大勢が寝ていたとして、蚊に刺されるのはなぜかそのうちのほんの数人で、あとの人は蚊がいたことすら知らなかったとか、そういうことがよくある。酒飲みは蚊に刺されるとかB型は刺されやすいとかいろいろ言うけれども、そういうのとは違う。蚊に好かれるタイプの人というのは確かに存在するのだ。なぜそう断言できるのか。僕がそのタイプの人だからだ。しかもかなり好かれるタイプなのだ。

大元旅館のドミに初めて泊まったとき、六人部屋に僕のほかに日本人とイタリア人がいた。日本人のほうはヒッチハイク&テントで野宿というワイルドな人だったので、蚊に刺されようが何をしようがまったく関係ない人だったので除外するとして、イタリア人のほうは僕が来る前の晩、蚊に刺されてうるさくてまったく寝られなかったとぼやいていた。そこで僕が自分が蚊にさされやすいから今日から大丈夫だろう、というようなことを言うと、彼は満面の笑顔で、「そうかい、助かるよ。ずっといてくれ」といった。

蚊というのは妊娠したメスの蚊だけが人間の血を吸うそうで、しかも飛べる範囲はほんの数メートルの半径だ、というようなことを昔聞いたことがある。つまりこの部屋から数メートルのところにボウフラがわく水たまりみたいなものが確実にあるわけで、といって考えられるのはトイレの排水口くらいのものだ。ということは、やつらはあの汚水が流れる排水口の奥底まで飛んでいって卵を生んで帰ってきて我々の皮膚に張りついて血を吸っているんだろうか。そう考えると何やら得体の知れない熱病にでもかかりそうでその晩はおちおち寝られなかった。

案の定、蚊の群れは僕を目指してまっしぐらにたかってきた。僕はこんな時期だから蚊なんぞおるまい、とたかをくくっていたので、蚊取り線香という必殺武器を装備しておらず、ほんの数分放っておいただけで右腕に五箇所とほっぺのあたりに被弾してしまった。電気をつけて一気に戦滅しようにもドミトリーなのでそれもできない。耳元でぷ〜〜〜〜んと飛び交う蚊どもに空手を振りながら応戦しつつ、横のベッドで安らかな寝息をたてているイタリア人を苦々しく睨みつける僕であった。

なぜだ。なぜ僕だけが。

しかしそんな叫びも、今までの僕の人生で数えきれないくらい叫びつづけてきたのと同様に、虚しく消えていった。世の中は不条理なものなのだ。結局その日は朝の六時半くらいまで一睡もすることができず、僕は赤い目をして蚊取り線香を買いに行ったのであった。得体の知れない熱病にはおかげさまでかからなかった。

蚊に関してはもうひとつ付け加えたいことがある。

何かの本で読んだんだけれども、要するに動物を愛でると攻撃されないというような話だったと思う。たとえば蜂蜜をとりに行ったとして、心の中で、「蜂さん、ごめんなさい。みなさんの集めてくれた蜜を少し分けてください。お願いします」とかなんとか思いながら近づいていくと、ぶんぶんたかってくる蜜蜂が不思議と攻撃してこないものなのだ、とかなんとかいう話だったのだ。

夜中にわんわんと蚊にたかられていた僕はふとその話を思いだした。
そうか。蚊さんも大変に違いない。ここはひとつ僕の血を分けてあげることにしよう。ね。蚊さん。ひとり一回ずつ刺してもいいよ。元気にたくさんボウフラを生んでちょーだい。そのかわり今晩はゆっくり寝かせてちょーだいね。お願い。

そして僕は無数にさされた腕をさすりながら憤然と朝を迎えた。

……うそつき。

薄明るくなってくる窓をぼんやりと眺めながら、僕はほんの一瞬でも蚊の野郎におもねってしまった自分を悔やんだ。今日は覚悟しておけよ。お前ら皆殺しにしてやるからな。結局下等動物にそんな高尚な話をしたって無駄なのだ。殺すか殺されるか。徹底抗戦を心に決めた僕であった。
文・中山茂大

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ラインナップ 第12回「失礼な連中
  第11回「一ヶ月の取材の間、新村の下宿にお世話になった。
  第10回「となりの松坂が日本に来ることになった。
  第9回「韓国下宿生活
  第8回「へんな人その二
  第7回「アカスリ体験記パート2
  第6回「こまネタ
  第5回「まったく人の話を聞かないおっさん
  第4回「大元旅館で泊まっていた変なアメリカ人。
  第3回「ドミトリーおなら考
  第2回「怒れるサラリーマン
  第1回「冬なのに蚊がいるソウルの宿
 
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「ソウルの食べ方歩き方」路地裏安食堂探検ガイド ソウルの
食べ方歩き方

文:中山茂大
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